カナダ物語98部

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Mar 29, 2011 23:01
カナダ物語98部
180ページから182ページ
カナダ連邦は、西の方へ(第二部)

暴力者トマス・スコット氏は[メティ人のリエル氏によって]処刑された時、オンタリオ州で人々はとても怒っていました。カナダ政府は、レッド・リバー居留地を支配するために軍隊を送り出すことにしました。鉄道はまだまだですから、兵隊は長い旅をボートやカヌーや歩いて、現在北オンタリオ州を渡しました。リエル氏達が、アメリカ合衆国へ逃げてしまいました。1870年5月2日、カナダ政府に[大草原の]マニトバ州を作られました。(ハドソン・ベイ会社の創立の200年間後ぴったりです。)メティ人と子孫に500ヘクタールの土地を約束されました。しかし、リエル氏は、コンフェダレーシオン(カナダ連邦)の創立団員としてほめられないどころか追放した人でした。

カナダ政府は、前のハドソン・ベイ会社の土地を支配して始めた時、先住民と扱わなければならないものです。メティ人だけではありませんでした。1870年代、先住民のクリー人、アシンニボイン人、ブラクフット人の連邦は、まだ大草原を支配しました。バラフォ―群れは、ほとんど絶滅に狩られたし、部族が飢えていたが、土地はまだ先住民の土地でした。もし、カナダ政府が土地を欲しかったら彼らと交渉しなければならないでしょうか。1870年代、カナダ政府の代表は交渉のために出発しました。

ある日、政府の“インディアン・アジェント”達は、まぶしい太陽と広い空の下で座って、さまざまな部族と一緒に話しました。カナダ政府は、ほとんどの土地を取る気があったが、先住民のリーダー達が反対しました。クリー人の部族長ピチワハナビウィヤン氏は「これは我々の土地です。これは、肉を切ると小さいピースを我々に戻すものではない!」と言い切りました。他のクリー人=ピアポット氏は、条約交渉に反対しました。政府の代表を信用できませんから。カナダ人の代表は、宣誓をしたけど、ピアポット氏が疑いました。「無理。永遠に信用できぬ」と言いました。

しかし、カナダ政府はしつこいでした。政府の代表が、いじめたり、脅迫したり、賄賂したりすると、部族長たちがだんだんしょうがないと思って屈服しました。クローフット(烏足)というブラクフット族長は「我々は孤立になれば亡くなる」と言いました。天然痘のためにたくさんのブラクフット人が亡くなったり西と南から白人の開拓者が部族の土地に入り続いたり、バファロー群れはほとんど絶滅になったりするから。彼の希望は、カナダと条約を結ぶと、自分の人々が狩人から農家になって土地で安全生活を送ることです。条約の項目は部族に手当を約束したので、1877年、ボー川でクローフット部族長が条約を結びました。彼は、カルガリー市の近くの先住民保護区まで自分の部族の人々を導きました。大草原でほとんど他の部族達もだんだんカナダ政府と条約を結ぶことにしました。大草原はだんだんカナダ国家の部分になってきました。

絵の上:これは1884年のクローフット部族長とご家族と一緒の写真です。クローフット族長の威厳と知恵は、皆に尊敬されましたが、写真であまり描写されませんでした。亡くなった時、たくさんの人が彼の死を悲しみました。

絵の左:ライフル銃を持っている狩人は、毛皮のためやただ楽しさのために数千頭のバファローを殺しました。骨が大草原に散らかして捨てられていました。バファローが亡くなって数年後、肥料を作るために捨てられた骨が集められて東の方へ送り出されました。