カナダ物語 第五章 135ページから136ページまで

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Jan 28, 2014 10:47
ジョン・フランクリン船長の悲劇

北アメリカ大陸の北極圏では、本当に北西通航路はないのでしょうか?1845年まで、船員と地図製作者は、北西航路があっても年中氷が強くて船が絶対に通らなくて無理だろうと思っていました。しかし、カナダの凍った北極圏では何の海峡や通過があるか分かりませんでした。その年、ジョン・フランクリン船長は、北大陸の最後の秘密を解決しようと出発しました。

イギリスの海軍は、船長に2隻の船「エレバス号とテロ号」と134人の船員を貸してあげました。海軍なりに船はよく供給されました。蒸気熱や缶詰(新発明)はありました。将校は食堂で陶器やクリスタル=グラスを使いました。グランドピアノもありました。7月、船長と船員はデービス海峡で鯨船の船員にサヨウナラを言って北の方へ進めました。北西航路へ入ると...消えました。

フランクリン船長の運命がわかるまでは長い時間かかりました。英国海軍は船を探求しながら、北極海の海峡や島々の地図を製作しました。本当に島々の間に北西航路がることがわかりました。フランクリン船長はほとんどその航路を発見できそうでした。しかし、船は氷の中に捕まえられました。

1854年、[北極圏の先住民の]イヌイット人と一緒に住んでいる医者ジョン・レイ先生は、なぜフランクリン船長と船員が亡くなったか分かるようになってきました。イヌイットの狩人が先生に教えました。フランクリン船長の船員は寒くて腹ぺこぺこで安全な南の方へ歩こうとして、死んでしまいました。

イギリスでは、フランクリン船長と船員は北極圏の冒険者の英雄として扱われて悲しまれていました。しかし、ジョン・レイ先生は、船員が本当に北極圏で一緒に住まないで環境を征服しょうとしていたと気がつきました。北極圏の環境で暮らすために冒険者は、北極圏で1000年以上栄えたイヌイット人の生活を勉強をしなければならないと思っていました。

絵の下
1852年、北極圏でフランクリン船長を探していた時、マーシ湾で氷で捕まえられた船「英国軍艦インべスティゲーター(探求者)号」を放棄したロバート・マクラル船長

絵の上
1846年お正月に若い船員ジョン・トリグトン(20歳)は、運命が悪くフランクリン遠征の始まったばかりのころ、亡くなりました。船員仲間にビーチリ島で葬されました。138後の1984年、科学者は死体を墓地から掘り出しました。缶詰の鉛中毒による船員死亡がフランクリン遠征を失敗させるように運命づけたかどうか調べたかったのです。トリグトンの死体の中にどんな人でも死んでしまうほどのレベルの鉛を見つけました。

[第五章がおわり]