カナダ物語 第五章 140ページから141ページまで

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Jan 30, 2014 08:41
ヌートカの貿易者たち

ヌートカという場所は間もなく地図に現れました。商品を乗せた船は、ロンドンやボストンや広東から北西カナダの海岸まで航行しました。その中の一隻、インペリアル・イーグル(帝国のワシ)に乗り組んでいたのが17歳のイギリス人女性「フランセス・バークリー」でした。彼女の結婚したばかりの夫は「チャールズ・ウィリアム・バークリー」という商品の船員であり、二人は結婚旅行も兼ねて、その船でヨーロッパからヌートカまで向かいました。

1787年、バールリー家はヌートカを訪れると、そこから近い場所にバークリー・サゥンド村とフランセス島に名前を付けました。フランセスさんは寒くない気候で先住民である族長たちの力持ちと威厳を見ると感心しました。ヌートカでバークリー夫婦は素晴らしいガウンを着ていたマキンナ族長を会いました。その時、マキンナ部長と彼の村の人々は、もうヨーロッパ人との貿易に慣れていて、バークリー船長はたくさんのカワウソの毛皮を持って帰ることができました。インペリアル・イーグル号は中国まで航行して世界を渡航してイギリスに帰りました。再度、バークリー船長がヌートカまで航行した時、フランセスさんの友達や妻、そして彼のお母さんから、海の旅行は適当はないと言われたが、イギリスに残ることを断りました。1792年、二度目の世界旅行でもう一回ヌートカを訪れました。

他の多くのヨーロッパの船はたくさんが北西カナダの海岸に来ました。1789年、ジョン・ミアズ船長は30人の中国人労働者を連れていて、ヌートカで船を作ってもらった――たぶん、その中国人労働者たちは、1300年前に北アメリカへ最初に渡った国人「フイ・シン」の末裔だったかもしれません。交易のために訪れた全ての人間が、ミアズやバークリーのように平和的だったわけではありません。ある船員は先住民を信用せず、いじめました。船から先住民の村に向けて砲撃することもあり、海岸から反撃する人々もいました。

絵の下:
ブリティッシュコロンビアの沿岸の部族にとって干潮時の岸辺は食べ物の宝庫でした。岸に沿うヌートカという場所で、女の人がイシガイを集めたり他の人は釣ったり穴を掘って貝を探したりします。品物: ヒマラヤスギの皮からできた帽子、オオヒラメの銛、悪い幽霊に呪われた病人を治せるための“魂を捕まえるもの”です。