対談の宿題

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Sep 8, 2012 21:28
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ずいぶん小さい時から、高校の終わりごろまで、静かでていねいな子供でしたので、両親をあまり心配させませんでした。

しかし、安全のために少ないルールがありました。

たとえば、危ない近所(きんじょ)に住んでいるので、たくさん子供たちがいたので、母に家の前の道で遊ばせてくれませんでした。

僕は「どうして」と聞けば、「速い車がたくさんある」といつも答えましたけれども、変な人がたくさいたのだと思います。


そして、父は物理学(ぶつりがく)を取らされました。でもその外(ほか)、あまりきびしくありませんでした。しかし、ほかのさせられた事はあまり多くありませんでした。

高校の時には、真面目に勉強したので、両親に信頼しました。 実は十一年生で、ゴールドコーストのバイロンベイに飛行機で三人の女の友達と一緒に行かせてくれました。

両親は友達のように私がそだちました。


2


今まで、大学生活はあまり面白くありませんでした。 たくさんの友達もウロンゴン大学に入ったので、ちょうど高校のように大学に行くんです。 よく暇な時間があるし、遠くに住んでいるし、授業の間に帰られません。

実は遠いので、仕事のために速い起きられるために、最後の授業が終えてから、ただまっすぐ家に帰りたいです。

日本語と英文学を専攻した前に、医学を勉強しました。しかし、親友を作って、ずいぶん面白いと思ったのに、難しすぎました。

最近は、高校の友達はもう卒業したから、私は日本のクラブで新しい友達を作りました。毎週一緒に遊んだり、話し合って私は日本語を使わせたりします。

時々、大学生活を楽しめるために、もっと近く住んでることに願いします


3

卒業してから、日本での英語を教える仕事を探しながら、お金をためたり、本当に真面目に日本語を勉強したりすることにします。 日本の生活は大変でも、もうオーストラリアに住みたくありません。