My grandfather's 50th memorial service The first half.

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Apr 21, 2019 15:36
My grandfather's 50th memorial service The first half. I attended my grandfather's memorial service yesterday. A memorial service is hold once several years. Families gather and listen to sutra read by a chief priest. They even read out sutra as of Syousinge. My father died on May 2017. So I went there instead of my father. The memorial service was of my grandfather's 50th one. I was known it last night. I'm 48 years old so I never met him. The chief priest served at Daitsuuji Shinsyuu Ohtani for 13 years, and he changed the temple to Renkouji now. Renkouji was a regional temple. He was 39 years old. He was younger than me, but his attitude was sophisticated. He read sutra wonderfully and his speech was also respectful and meaningful. I wrote this entry to leave his speech. "Everyone will die. You shall lose your loved ones like brothers, sisters, parents, and wives or husbands. To tell you the truth I lost my mother last year and I was upset by the fact that she's gone now. I lived with her all the time, but she never answered me. I wonder if I can stay strong when my brothers ,sisters, and wife die. It's so hard to overcome." This was the first speech.
祖父の50回忌 昨日は父方の祖父の法事に参った。法事というと、数年に1度の仏事であり、親戚があつまり住職の御経とお話を聞き、自らも正信偈などの御経を唱える。私は父が2017年5月に亡くなったため、父の代わりに参った。祖父の50回忌ということであった。祖父が亡くなり50年経つのだそうだ。私は48歳だから祖父には合ったことは無い。住職は真宗大谷派の大通寺に13年勤められ、いまは蓮光寺という地元の住職をされていた。彼は39歳で年は私よりも若かったが、しっかりした方であった。彼の読経は立派であったし、お話の内容もしっかりしていた。お話の内容をすこし記しておこうと思い、今日は日記をつけることにした。人は必ず亡くなる。大好きな母、兄弟、連れ合いとも別れがくる。実は彼は1年前母を亡くされ、一年後の母の誕生日に狼狽したと話された。ほんの昨年まで一緒であった母を呼んでももう返事はない。この辛さがまた兄弟、連れ合いで経験しなければならないのかと考えると辛い。これが、冒頭のお話であった。

つづき

法事は2度か3度の読経がある。昨日の法事は読経が2回となり、2回目の読経のひとつは正信偈でありわれわれも読経を唱えた。奇妙無量寿如来からはじまる各家庭でも読経される一般ていなお経である。わたしも幼いころ覚えたのでまだ少し覚えている。2回目の読経もおわり、最後に住職からのお話があった。人は亡くなったらもう会えないのでしょうか。確かに呼んでももう返事はありません。だけれども、亡くなった人のことを偲びあるいは亡くなったことで今生きる後人はその影響でその人生を歩む。そのお話があった。私も父を亡くし、いま父と会って話すことは無い。しかし、父のことは毎日のように考えるし、父が何を考えていたのかを思い返すこともある。自分も父となり、上の子も話しづらい年になってきたと思うが、あまり話をしなかった父も、同じように話しづらいなと感じていたのかもしれない。どのようにでも解釈はできるが、それは別として、思い出し、普通に話しかけることはあるのだ。
P.S.50回忌というのは、節目の法事であった。これが最後の法人になる。