実習生

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Nov 27, 2012 11:18
 聞き覚えのある声で僕は顔を上げてジャケットのフードを少しだけずらし、駅のホームで隣に並んだ女性の顔を横目でちらっと見る。

 美人さんだなぁ。

 半年前に初めて会ったときの印象もそうだった。長身で脚がスラリと長く、スーツをおしゃれに着こなしていた。アン・ハサウェイ似の彫りの深い顔立ちと吸い込まれるような大きな瞳、どこかあどけない表情をし、黒く長い髪をポニーテールに束ねているのも初々しかった。第一印象の最後の「ぁ」を頭の中でころころと転がしながら、僕は彼女が各学年の英語の先生に挨拶回りしているのをぼんやりと見ていた。そんな僕に向かって彼女は手を差し出してきた。

「Nice to meet you. I'm looking forward to working with you」

 普通の実習生ならそこまで気が回らない。2週間という短い実習期間だから、ALTなんざ相手にする暇がないし、メリットもない。しかもとてもきれいな発音だった。帰国子女ほどではないが、英語を教えるには十分すぎるというか、教師にはもったいないくらい。

「A pleasure」と僕はその発音に合わせた返事をした。「でも、言う相手を間違えているのではないでしょうか?I'm just the help」

「そんなことありません。どうぞよろしくお願いいたします」

 彼女は少しもひるまずに言って笑みを浮かべ、職員室を出て行った。その笑みの余裕に、僕はどことなく不安を覚えた。この人は、色んな意味で、実習生にしてはできすぎているな。それが彼女に対する第二印象だった。

 毎朝校門で迎えてくれ、帰りは職員玄関まで送ってくれた。実習生から差し入れをもらうのも初めて。担当の先生よりも、僕に相談することが多かった。授業のアイデアが浮かばないとか、英会話の練習相手が欲しいとか、お休みの日はどんなことをしてるんですかとか。

 それだけで男は(少なくても僕は)勘違いするものだ。これは気があるなと。以前の自分だったら、確実に惚れていただろう。毎晩泣き寝入りだっただろう。でもいくら英語が上手でアン・ハサウェイ似でも、その不安な気持ちは晴れず、彼女とは距離を置いたまま、僕は実習期間の最終日を迎えた。おかげで彼女が体育館の演壇に立って、実はキャビンアテンダントになるのが小さい頃からの夢だと述べたとき、僕は特に驚きもがっかりもしなかった。そして花束を両手で抱えたまま体育館を出て行った彼女のことを、今まで忘れていた。

「It's very cold today, isn't it?」

 相変わらずきれいな発音。おそらくその声を聞かなければ、隣に並んだ女性が彼女だと気付かなかっただろう。スーツ姿ではなく、ミニスカートにニーハイブーツを履いている。ショートコートの毛皮の襟が、ホームを吹き抜ける風に揺れている。きちんと結った髪には一筋の乱れすらなく、化粧もきれいに整えられている。

「Yes, yes. Quite cold」

 相手は若い頃のキーファー・サザーランド似の(訛りからして)ドイツ人の男。相変わらず実習中だなと僕は思って、心の中で苦笑する。そしてジャケットのフードを目深に被り直して、電車が来ないか遠くで交わっているように見える線路の方に目を向ける。
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