武侠小説について随筆

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Aug 25, 2016 23:56
RUさん、KawasemiHamiさん、
ありがとうございました。
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 硬い表現で書きたいんですが、宜しくお願いします。( ´∀` )

 皆さんは「武侠小説」というものをご存知でしょうか。

 僕の印象では、武侠小説とは中国風のファンタジー小説である。「武侠」とは文字通りに「武力を持つ侠客」である。その武力は現実を越え、超能力といっても過言ではあるまい。

 当世、最も名高い武侠小説の作家 「金庸」先生の作品は、漢人である限り、知らないわけにはいかない。*1
 僕が初めて武侠小説と出会ったのは、 金庸先生の「神鵰俠侶」に基づいたアニメである。それから、図書館で原作を借りた。 金庸先生の作品は漢文と現代文とが混じっている文章である。中学校時代の僕には、さすがに難しい。だが、情熱さえあれば、何とか乗り越えることができた。

 僕は授業の時も、昼休みの時も、ひたすらそれを読んだ。おかげで、国語について興味が深くなっていった。高校時代も、大学時代も、国語の成績は常にトップである。そして、それが漢文を勉強する契機にもなった。

 話を戻し、今投稿したい契機は武功*2 というものである。武侠小説を読みながら、不思議な力に憧れている僕は、一つのことに気付いた。毎日しっかりと練功*3 すれば、いずれ武林を制覇する*4 ことができるのではないのか。では、何故人はそうしないのであろう。

 あれから、八年も経ち、僕は一つの答えに辿り着いた。それが「意志」である。彼らは本当に役立つことにやる気は出せず、目の前の娯楽に引っ掛かっている。彼らの辿り着いた結果は、自分より強い達人に殺されるしかないということだ。

 このことに気付いた僕はもう一つのことを考えずにはいられない。それは自分のことだ。勿論武林を制覇する必要はなく、現実には武功は存在しない。だが、「本当に役立つことにやる気は出せず、目の前の娯楽に引っ掛かっている。」という状況は同じだ。僕がしっかりと勉強しないと、自分より強い人たちに殺されるかもしれない(精神的に)。いや、過去の自分に負けることだけで、十分に哀れな話ではあるまいか。孔子は曰く、「学は逆水を行く舟の如し、進まざれば即ち退く。」*5 と、毎日前へ進まないと、後に戻るしかあるまい。

 これらに気付いた僕は、自分の未来を考えるだけで、直ちに勉強せざるを得なくなった。

 何か違和感に気づいた時、それを自分の場合に立ち、きっと何かを得るのであろう。

 武侠の話をしようとするが、この投稿が長すぎるため、次の投稿で話そう。

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*1 「金庸先生」の前に、スペースを打つのは、中国で尊敬を表す表現である。
*2 武功とは、漫画のナルトの忍術と似てるものである。
*3 練功とは、武功を修練することである。
*4 武林を制覇するとは、侠客のトップになることである。
*5 學如逆水行舟、不進則退。