「吾輩は猫である」を読んだ感想

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Feb 17, 2014 11:44
「吾輩は猫である」を読んだ感想
この「吾輩は猫である。名前はまだ無い」という句で始まる夏目漱石の小説が世界文学の中でも非常に有名だと言われている。そして、この小説は、明治の終わりになる時の社会を背景にして、苦沙弥と住んでいる猫の視野で観察したことをいろいろ紹介することである。すこく斬新な書き方なので、読者の中で人気がとてもあると思われている。それどころか、小説の内容は多くのところに風刺や黒いユーモアを使うから、作者の資本主義に対する批判的な思想も伝われる。
実は、正直に言うと、「吾輩は猫である」という小説は私にとって、単語も文法もすこし難しいが、面白い風刺の書き方で書いた主人公と他の人物についての馬鹿げたことを読んた時、いつも私を笑わせてから夏目さんの深い悲しさも感じさせる。たとえば、苦沙弥は主人公として、確かに完璧ではない人物だ。彼は「あまり口を聞かない人が、不活溌徴候をあらわしている」。そして、「胃弱で膚の色がいつも淡黄色だ」。それだけではないが、自分の家に閉じこもっていて、友達と伝統的な文学の知識をひけらかす趣味も持っています。最初、私が苦沙弥に対する印象は本当につまらない人だった。しかし、時間が経つにともなって、私はますますお金も地位も名誉も気にしない彼に感動した。苦沙弥は教師の仕事ですこし貧しいにもかかわらず、金田夫婦を初めとする拝金主義の人に頭を下げるはずはない。だからこそ、彼はいつも極楽主義で金田夫婦に頼る鈴木藤十郎に笑われる。確かに、当時の資本社会の現実で、苦沙弥を代表する知識階級は政府に重視されていないし、お金も地位もないし、生活がとても苦しくてつらいだ。それで、自分は必要がない存在だという哀しい考え方がある学者もたくさんいるかもしれない。
ところで、資本主義を深刻的に批判することはこの小説の一番大きな主題だと思っている。夏目先生が書いたとおりに、「僕は実業家は学校時代から大嫌だ。金さえ取れれば何でもする」、「金を作るにも三角術を使わなくちゃいけないと云うのさ――義理をかく、人情をかく、恥をかく、これで三角になるそうだ」。夏目先生がこの小説を創作している日本では、資本主義がますます向上しているところだ。そして、資本階級は外国へ戦争を訴えるために、ぼろ儲けすることがいっぱいになった。一方、多くの戦争費用は労働者に担当させるようになった。低い給料で貧しい生活を過ごす国民に対して、資本階級はあまりにも幸せで豊かな生活を楽しんでいる。これはなんと無公平な現実だろう!ただし、がっかりさせられることに、そんな悪い階級にサービスを提供する学者もどんどんいる。彼だちはお金の前で頭を下げて、自分の良知を隠して、自分の使命を忘れた。だから、当時の背景に、夏目先生はこの金銭万能のような社会に強い憤怒がして、風刺のペンで現実の資本主義にチャレンジしようと思った。
皆に知っているとうりに、「吾輩は猫である」の中で、大量の風刺を使われて、鮮明的な黒いユーモアを読者に伝わりたい。まず、夏目先生は猫の視野で苦沙弥と客さんのつまらない相談や手紙の内容を反映して、また自分の感想は猫の考え方を通じて表す。たとえば、「吾輩も日本の猫だから多少の愛国心はある。こんな働き手を見るたびに撲なぐってやりたくなる。こんなものが一人でも殖ふえれば国家はそれだけ衰える訳である。こんな生徒のいる学校は、学校の恥辱であって、こんな人民のいる国家は国家の恥辱である。恥辱であるにも関らず、ごろごろ世間にごろついているのは心得がたいと思う。日本の人間は猫ほどの気概もないと見える。情なさけない事だ。こんなごろつき手に比べると主人などは遥はるかに上等な人間と云わなくてはならん。意気地のないところが上等なのである。無能なところが上等なのである。猪口才ちょこざいでないところが上等なのである」。確かに、こういう文を読んだら、苦沙弥の気骨がない性格はより一層はっきり見えたのではないでしょうか。その上に、誇張した書き方も辛い風刺を含まれている。金田夫人は鼻だけは無暗に大きくて、作者が人の鼻を盗んで来て顔の真中へ据すえ付けたように見えると言って、非常に強い風刺の意味を感じられたのはいうまでもない。
この小説は一般的な小説に比べて、少し違うが、プロットはあまりにも簡単過ぎて、小説のように見えない。この作品は、プロットもなくて、結構もなくて、まるで海参のような頭も足もない様子だ。夏目先生自分さえでこういう評価した。しかし、プロットは簡単だの反面に、表す内容は簡単ではない。ときとき、簡単なように見える文の中に深い哲理があるかもしれない。この猫はこっそりして餅を食べているところに4の真理を感得した。
1番目、「得難き機会はすべての動物をして、好まざる事をも敢てせしむ」
2番目、「すべての動物は直覚的に事物の適不適を予知す」
3番目、「危きに臨のぞめば平常なし能あたわざるところのものを為なし能う。之これを天祐てんゆうという」
4番目、「すべての安楽は困苦を通過せざるべからず」
その中で、私は最後の真理にとても賛成した。成功への道路はきっといつも順調ではないだろうか。だからこそ、私だちの努力や持続はとても重要な力になった。確かに、さまざまな困難や辛い煩悩がたくさんあるので、あきらめることも考えられるかもしれない。でも、この部分を通したら、自分の能力とか自信とかいろいろ高められた。つまり、成功にますます近くなった!
とにかく、夏目先生が書いた「吾輩は猫である」の小説を通して、私はいろいろ勉強になった。特に、そんな混乱の社会で作者自身の高尚な品質や資本主義にチャレンジする勇気に十分に感動させられた。黒い夜が過ぎたら、暖かい太陽が空に輝いて、怖い大雨が降ったあど、美しい虹がかかる。だから、これから、私は必ず先生のような精神で自分の未来のため頑張ろうと思う。
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