カナダ物語82部

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Feb 16, 2011 10:37
カナダ物語82部
154ページから155ページまで
ブリティッシュ・コロンビア植民地の最初の総督ジェームズ・ダゴラス第2部

ダごラスは、小さいビクトリア交換所に周りのバンクーバー島の植民地が広げて栄えてもらいたかったです。製材工や鮭釣りや採鉱や農業を励んだものです。人々は八方から集めました。イギリスから南アメリカのホーン岬を回ったり、カリフォルニアから来る人が多く着たりです。中国人やハワイ人の労働者は太平洋を渡って移民しました。さらに遠い東カナダから少し人も着ました。

その時代、北西森林の先住民はまだまだ力持ちで自立でした。海岸に沿って沢山の戦争のカヌーは動いたりしました。先住民はバンクーバー島で、はるかに少ない植民人より多かったです。バーカリ・サウンドという村で、ある開拓人は(先住民の)ヌークタ人の部族長に「*ジョージ国王の人々は、土地のためにお金を払って先住民に世話をすると約束」と言った時、部族長が「わしの土地や水を売らないことにする。あんたたちは、自分の国に残ればいい」と返事しました。

*“ジョージ国王の人々”は、イギリス人という意味です。1837年ジョージ国王が無くなってビクトリアは王位につきました。それなのに、バンクーバー植民地でイギリス人が、まだまだ “ジョージ国王の人々”と呼ばれていました。

イギリス人の開拓人が集めるつつありました。普通のように、ヨーロッパのばいきんは先住民に移りました。数千人の先住民が病気になって亡くなりました。数百年の賑やかな先住民の村は、突然空っぽになって腐りました。威張ってる力を持っていたマキンナ部族長などは、だんだんヨーロッパ人に移りました。ダゴラス総督は、先住民がイギリスの法律を受けると主張しました。ある時、(先住民の)カウィチャン人の一人は、開拓人の一人を殺しました。刀しか持っていないダゴラス総督は、怒っていたカワイチャン人の200人の中で座ると、容疑者を主張しました。渡されるまでに動かずにずっと待っていました。

それなのに、ダゴラスの植民地は、世界の端で小さい所でした。1858年ビクトリア町は、700人しかいませんでした。しかし、間もなく北西海岸では大変化が来るでしょうか。黄金です。