カナダ物語 第六章 183-185ページ

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Nov 3, 2014 07:53
[カナダ政府に大草原を併合すること]

大草原の治安を維持することは、北西騎馬警察隊の仕事でした。1874年の真夏で、新しい警察隊――300騎馬と供給馬車――は、マニトバ州のダファリン市から乗り出しました。軍隊のように赤い制服を着たり高いヘルメットをかぶったりしました。馬もペア・ルックでした。一つの歩兵中隊は全部ねずみ色の馬で、他の歩兵中隊は全部白い馬でした。その夏、騎馬警察部が1500キロの乾燥した暑い草原を渡りました。やっと餌や水が多いロッキー山脈の麓に着くと男も馬も疲れて弱っていました。それなのに、「酔っぱらう国”」と呼ばれていたモンタン州から先住民に違反されている酒を売ったりするアメリカ人の酒交換者は、騎馬警察隊を見ると逃げました。法律と治安はカナダの大草原に着きました。

広々とした領地で治安を維持する仕事は、300人の騎馬警察にとって困難そうでしたが、警察は怒っている先住民の部族からも欲深い白人開拓者からも尊敬を得ました。1877年、先住民の部族長=シティング・ブル(座っている雄牛)と3000人のスー人と一緒に米カナダ国境を渡ってカナダへ入国しました。アメリカ軍隊騎兵は遠くなく追いついてきました。国境の南でスー人とアメリカ軍隊とが戦争しましたが、国境には出会ったカナダ人ジェームス・ワルシュ隊長とわずかな騎馬警察しかいませんでした。ワルシュ隊長の提案は、スー人が平和に背かなければカナダで亡命できると約束しました。スー人は、合意して4年間カナダに残ってしまいました。アメリカ軍隊が締め出されました。

騎馬警察隊は、平和を維持をしましたが、先住民に結ばれた条約をほとんど無視しました。1876年、カナダ政府は「インディアン法案」を通しました。カナダ政府の代表は、先住民の保護区を支配を取りました。子どもは先住民のことを知らないように遠く政府学校へ連れて行かれました。カナダ政府は、出来るだけ早く先住民を普通のカナダ人のようにしてほしかったです。先住民の言語や宗教や自由の人々として条約権をあきらめてほしかったです。されに対して、ほとんど先住民が合意しませんでした。反抗しましたが力はほとんどありませんでした。先住民が昔に持っていた力と自由を取り戻すのはずっと待たなければなりませんでした。

絵の左: 初めに北西騎馬警察隊は、犯人を捕まえたり裁判したりすることだけではなくて、いろいろな仕事も引き受けました。この絵では、一人の競馬警察が、オンタリオ州からホームシックの開拓者に手紙を渡しています。