カナダ物語 第二章 25ページから26ページ

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Jul 13th 2012 07:01
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トルフィン・カルセフニはグリーンランドから250人の男の人と女の人を波に運ぶ船団を西方の[蔓国]へ導いて航行しました。 その場所で数年間、岬の寒い暴風を中に入らないように芝生や石の家を作って住みました。 自分の羊と山羊は自然の原で餌を求めて食いました。 バイキング人は羊の毛から服を作って栄養いっぱいの山羊の乳を飲みました。最初の冬、トルフィンの妻グドリッドが、スノリという男の子を産みました。 北アメリカで生まれた最初のヨーロッパ人でした。 


冬は、厳しかったのです。 人は飢えて病気になりました。 また、戦いもありました。 「スクラエリング人」という名の先住民に会って、その人にも襲いました。 スクラエリング人が大変に反撃してすぐに植民地の人々は新しい大地に残ることを怖がりました。 グリーンランドに帰ったスノリ君は三歳でした。 後古代ノルウェー人の船員はグリーンランドの西方にあまり行きませんでした。 海は、激しくて天候はだんだん寒くてなっていきました。 それも「スクラゲリング人」が自分の土地を忠実に守りました。 グリーンランドも天気が悪化して、バイキング人が寒くて寂しい植民地をだんだん放棄していきました。

古代ノルウェー人は、アイスランドか祖先のスカンジナビアの国々(ノルウェー・スウェーデン・ダンマーク)へ戻りました。それからバイキング人は[蔓国]までにもう一度と遠征しませんでした。 ただ古代ノルウェー人のお城の大きい部屋に夜でスカルド(語り部)の物語を聞いて [蔓国]の冒険を覚えただけです。

絵の下
古代ノルウェー戦士は死を怖がらないほど勇敢でした。 しかし、いつも戦で勝つというわけではありません。 北アメリカの「スクラゲリング人」を負かすことできませんでした。

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蔓国はどこでしたか?

カナダに確かに知られるバイキング人が住んでいた所を訪問するために旅行者はニューフォンドラン島の大北岬の「ラン
ス・オー・メッド―」という場所までややこし道に従います。昭和36年(西暦1961年)考古学者は、古代ノルウェー人の居
留地の遺跡を発見しました。 「ランス・オー・メッド―」は、国際連合に世界遺産に認定されました。 ヨーロッパ人と北アメリカ先住民が橋のように海を渡って最初お互いに会った場所の一つで有名です。 「ランス・オー・メッド―」は、リフ・エリクソン[蔓国]ではないでしょうか? 考古学者は「ノー」と言い張ります。 たぶん、トルフィンとグドリッドは冬を過ごした場所だったでしょう。 スノリの生まれた場所の可能性があります。 しかし、葡萄は、寒いニューフォンドランド島の北方で生えたことはありません。 それで、ランス・オー・メッドーには、霜はない冬はあまりありません。 いつか運がいい考古学者が、リフの蔓国を発見するかもしれません。