カナダ物語167部

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Feb 13, 2012 15:47
カナダ物語167部
294ページから295ページまで

1990年代までに電気通信と高音速ジェットは、世界であらゆる場所が結ばれて商売は休みなく続きます。食糧、服、玩具、地元で生産されたとかパリ、バンコック、ぺキングなど生産された可能性があります。アフリカとインドの音楽は、欧米の音楽と混ざるとおもしろい音楽になります。インタネット・ダウンロードは、どこにでも利用できます。テレビ衛星は、サッカー試合、ポップ・コンサート、戦争などどこにでも放送できます。プリンス・エドワード・アイランド州に旅行する日本人の観光者と、ギリシアやジャマイカのカナダ人の観光者は自然になってきました。

カナダは、世界商売とインスタント通信による世界文化の一部になりつつありました。カナダ人は、同国人が国際的なタレントになると誇りました。ケベック州の歌手=セリーヌ・デイオン、バンクーバーの歌手=ブライアン・アダムズ、作家=アリス・モンロー、オペラ歌手=オフラ・ハーノイ―など世界中のファンがいます。1986年に化学者ジョン・ポラニは、ノーベル賞を受賞されました。1990年代、二人のカナダ人の化学者=マイケル・スミスとべトラム・ブロクハウスもノーベル賞を受賞されました。ポランイル博士の課題は、“赤外科学無熱光”*というものでした。それも、彼は、世界平和、武装解除、科学など励ますために情熱的に頑張ります。

[コメント:これは、何ですか?英語でも――infrared chemiluminescence――さっぱり分からないのです...]

ポラニ博士がノーベル賞を受賞した年に、車椅子に乗せるリック・ハンセン選手は、40万キロの世界一周を完了しました。この“運動人間”と呼ばれている旅で、万里の長城に沿って、カナダ中を渡って、傷背骨の研究、治療、リハビリのために数100万ドルを集めました。故郷のバンクーバー市のエクスポ86(1986年の万博)でマラソンを完了した時、11枚の手袋も117輪の車椅子の車輪も使いしまいました。“夢いは、まだまだかなうことができます”と断言しました。

写真の下:事故で背骨が骨折されたブリティッシュ・コロンビア州のリック・ハンセン選手は、“運度人間”の旅を始めました。傷背骨の研究と治療の寄付を集めるために世界一周を頑張りました。この写真は、ケベック・シテイで進みながらファンが集まることです。