芥川羅生門からモラルとエゴイズムの矛盾を見る(3)

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Jan 11, 2013 01:07
老婆は自分の行為を弁解して、この死者が生前にもいろいろな悪事をして、しかも自分はそうしないと餓死して、これは仕方ないですと言いました。その言い訳を聞いた後、「下人の心には、ある勇気が生まれて来た。」これは何の勇気でしたか?作者はそういう書いた「それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。」つまり、この「勇気」は強盗になる勇気です。老婆の説得を自分の口実にして、それをきっかけとして、初めての悪事をしました。事実上、人の命が脅かされているお時、モラルはただ一つの口実で破壊されて、エゴイズムに負けたという主旨は現れます。この作品から、人はそのような頼りなく醜いものだと見られています。「外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。」この結局は下人が行方不明ですが、さぞ強盗になるでしょう。作者は、人性の中明るくて暖かいものが極めくもろくて、まったく人性に根深く存在している醜いものを抵抗することはできません、と思っていました。
芥川は『羅生門』を書いた時、養父母の反対で好きだった女性との結婚をア決めなければならなかった。そして、「失恋事件のプロセスを通して彼が知ったものは、人間のエゴイズムであり、家の重荷であった。」 人のエゴイズムそのものは芥川の失恋の主因だと言えます。これに対して、この作品は手厳しく風刺していました。もう一つは、芥川の精神は家庭環境に大きい影響されました。生後七か月目に生母ふくが突然発狂したため、その実家芥川家に引き取られ、養子となりました。狂人の子の自覚と養子という肩身の狭い思いは、長ずるに従い、次第に重荷を増していきました。 そういう背景で成長した芥川は悲観の精神を持っていました。青年時代に彼は理想を追求して、でもこの利益第一の社会の中に理想が叶えなかった。そこで、彼はこの社会深く憎むと恨みを抱いて、人のモラルと善意を疑いていました。従って、『羅生門』にはそういう精神が埋まり込んでいました。
昭和ニ年七月二十四日未明、芥川は自殺しました。芥川が自殺の動機として記した「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉から見ると、彼は人と当時の社会に自信がありませんでした。『羅生門』の中には、作者は不合理の悲観精神を持って、将来のことを見られませんでした。そのの醜い社会はどうやってチェンジするか、作者も答えできませんでした。