ビグダン地方の冒険 (2)

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Nov 9, 2014 08:22
ビグダン地方の冒険 (2)

4ヶ月間ほど前からここに住んでいた。ビグダン地方に住む、そのいささなことは僕にとって人生の大切な達成だった。僕はパリの郊外の生まれ育ちの子だった。ただ父はブルターニュ出身だったのでバカンスの時ブルターニュの海の近くの村にいつも来、こちの生活のほうがずっと正しいと思い、大人になったらブルターニュで暮らすと覚悟していたのだ。

振り返ると、実際はブルターニュの生活がそんなに好きではなかったかもしれない。特に祖父母の住んでいる村の魅力をあまり感じていなかった。誰も知らなかったし、することもなかったし、うわさばっかりだったし。さらに朝から白ワインのコップの前で周りの酔っぱらいたちが屯するバーが嫌いだった。僕にとってこちの生活の虚しさのシンボルだった。その村面白いことはお祭り位しかなかったのだ。その時だけに趣味悪く青いブルズや汚い労働着を一時的に置き去りにし、伝統的な服を着、ビニュとボンバールドの音楽に伴って教会から村の広場まで列になってパレードをしていた。当時は観光客があまりいなく、お祭りは地元の人が地元の人のために行われるものだった。

祖父母の村であまり好きではなかったもう一つのものは祖父母自身だった。彼らは貧しい農民であり、貧困から解放するために体と魂の力を出し切った人間だった。こうして心は わりと乾いてきた。完全に思いやりがなくなっていたわけではなかったがその思いやりの表現は貧しさを戦う義務に配下されていた。父に対しても、孫達に対して私達の行動の評価はそのただ一つの基準に依頼されていた。こういう境地で父はブルトン語話せたら勉強が出来ないかと恐れ、父が絶対にブルトン語が出来ないように頑張った。したがって父はブルトン語を大体理解しても、いくつかの罵りの言葉以外は何も言えなかった。ともかく彼は祖先の言葉に祖先の靴であったサボと同じ価値位を与えていた。

僕は逆にブルトン語は祖父母のただ一つの魅力だと感じていた。彼らは他人に話しの内容が分かって欲しくない時しかブルトン語を話していなかったのだ。その時、僕はいつも驚いていた。なぜブルトン語は定型的なフランスの年よりの田舎者であった祖父母を不思議で、エグゾティックな外人に変身させていたのか。一応どういうものだったかと知りたかったが正直にいうと、その謎を祖父母と一緒に研究する気はなかったし、あるとしても絶対に不愉快な口調で断られるのでそれ以上謎を勉強しなかった。


(続く)
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