ビグダン地方の冒険 (3)

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Nov 24, 2014 08:22
ビグダン地方の冒険 (3)

大学の終わりに就職活動した頃、ブルターニュで仕事を何も見つけられなかった。仕方なく、パリで就職した。ブルターニュに行く庶幾を抑えるブルトン語を勉強し始めた。何年か経った。頑張って、少ししかないブルトン語の本を読めたり、ブルトン語の学生同士でブルトン語で話したりすることが出来た。更にブルターニュの踊りを少し習って週末にフェスト・ノズに出かけていた。ディスコよりもずっと楽しいし、それに同じ「帰国」する計画を頒かち合ってくれる相手に会えるのではないかという期待もあった。

ブルトン語が上達しても、何かを欠くと感じていた。ブルターニュは土地がそれほど広くないのにブルトン語では方言が激しいものだ。昔からブルトン語は貧乏な船乗りや農民の言葉だったので数少ない信者の教化の本以外に勉強していたブルトン語は最近専断的に決められたものであり、田舎で実際に話されていた言語と大きい隔たりがあった。ブルトン語で育った歌手を聴くたびに、発音も文法も分かりにくく、しかも教科書のブルトン語と比べて、フランス語から来た言葉が多かったこともその隔たりのもう一つの証拠だった。。早く本物のブルトン語と接触したかったのだ。

そしてカンペールで仕事を見つけた。カンペールはブルトン語文化の首都だと言うには大げさではない。夢はうまく実現になりはじめてた。カンペールに行って、借家を探したが気にいるのはなかった。安ければ、汚くか狭くであったり、良ければ、家賃が高かったのだ。はやりコーンウォールだけの首都でも首都だから家賃がたかい。そして不動産屋で希望しているものを見つけるためにビグダン地方で探したほうが良いと教えてもらった。

「ビグダン地方で探したほうがいい」と言われたとこ、新発見のようだった。ビグダン地方ブルトン語文化の頂点であると云ってもいいだろう。まず、ブルターニュの象徴であるブルターニュの婦人の高いかぶり物はルターニュのぶり物ではなく、ビグダン地方のだ。後、80年代の時「自尊心の馬」という自伝の物語がフランス全国的にはやった。この本はビグダン地方での貧しい農家族で生まれた男性の幼年と少年時代を語っていた。もちろんブルトン語が出来なかった父でもそれを購入したので僕も子供の時読んだことがあった。更にブルターニュうの方言の中でビグダン弁は最も訛りが強く、標準語に一番遠いと聞いたことがあった。僕でビグダン経験が出来るなんて、思いかけないことだった。

一分も待たずにビグダン地方の不動産屋を探した。