末法思想と法然上人

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Oct 24, 2011 13:25
末法思想と法然上人



 鎌倉時代は歴史の上で大切な時期だと考えられている。その時に日本は完全に変わってしまった。源頼朝による幕府が成立し、都が鎌倉になり、特別な仏教思想が誕生した。その宗教的な側面について書きたいと思う。特に末法思想である。末法とは日本の鎌倉時代に釈迦の教えが及ばなくなったので、入滅ができなくなったという予言思想である。しかも、その考えが盛んになるにつれ、様々な僧侶が皆が悟ることはできないから、阿弥陀如来の大願に頼るべきである、信仰を広めた。というのは、阿弥陀は一切の衆生救済のために誓いを立てたので、その仏陀の名号を称える人を浄土に往生させるという信仰である。
 それに、末法思想は一般的に浄土宗にとって大事なものであったので、浄土宗の法然上人に重点を置くことにする。浄土宗の歴史とその信仰では何が大切な点か、法然によるとどのように理想的な生活をしたらいいか、また、彼の教えは仏教について学べることは何かを説明したいと思う。私は歴史を専門とし、概ね宗教に関する論文を書くので、そのテーマに興味を持っている。そして、他の学者の意見を加えて、自分の結論を詳しく説明しようと思う。
 先ず、末法思想が分かるように、いかに浄土信仰は日本に伝えられたかを説明したいと思う。大乗仏教という新しい仏教の分派が誕生した上で、浄土信仰はインドに成立し、カカッシミルと中央アジアに盛んになった。紀元100年頃に(クシャーナ朝の時代に)サンスクリット語で書いてある『無量寿経』と『阿弥陀経』は展開していた。その後で様々な大切な浄土教に基づいているテクストが編集され、そのような教典は中国へ二世紀後半に伝えられていた。そして、七世紀に阿弥陀の仏像は人気があった。平安時代に円仁をはじめ、良源や空也や源信といった有名な僧侶は浄土信仰に関する論書を書いていた。源信は特に日本人いうまでもなく、中国人の想像を強い影響を与えた。末法思想は鎌倉時代の浄土信仰の文脈の中では発展されていた。
 歴史の学者の吉田宣成(よしだせんじょう)によると、日本で仏教が興起するにつれ、現世利益という概念をもとにした仏教が盛んになった。現世利益とは、この世に神仏によって恩恵を受けることである。または、仏と神様から利福、あるいは、利生をもらうことである。そのような考えと同じ思想に基づいた修行は一般的日本の宗教の特有だと考えられている。しかし、奈良と平安時代が経てきた上で、鎌倉時代に救済を求めることに重点を置く傾向があると見える(同じ時に、現世利益はまだ繁栄している)。また、先に説明されるように、鎌倉時代に入滅することを実現できない感じがある。その末法思想という現象は多くの信者に仏教の戒律と儀礼の効果を疑わせることを信じている学者がたくさんいる。そのため、浄土宗という宗派は流行ってきた。吉田教授は平安時代の仏教は貴族のための信仰へ変わってきたと言うが、実はその時に庶民も仏教的な儀礼に参加し、彼らにとって救いという望みを叶いにくくなかったとたくさんの学者は思っている。
 鎌倉時代の浄土宗の話は法然とともに始まっている。その時に悟ることができないので、信者が何をしようと、自分を助けるのは無理である。それで、比叡山にある天台宗から来た法然の僧侶は阿弥陀の名前を呼ぶこと、正確に言うと、「南無阿弥陀仏」いわゆる念仏を呼ぶことは只一つの方法を説いた。それをすると、極楽に往生することができる。しかし、それが革命的な考えで、天台の保守的な僧侶はその思想に反対して、法然は天台宗に残りたくなくて、浄土宗を確立しなければならなかった。しかも、法然は念仏の修行を強調したので、 戒律を無理する可能性があることを、様々な僧侶は心配していた。実際に、法然は有名になった時に、他の上人は念仏に反していた。例えば、貞慶と明恵である。
 法然によると、口称念仏の一行で、だれでも阿弥陀に救っていただく。しかし、念仏をしたら、末法はもう適当じゃないと思う。というのは、おそらく末法の問題は解決されただろうということである。そうすれば、法然上人によると、どのような生活すればいいか?念仏を一つだけ唱えてもいいか?戒律を守らなければならないか?彼の教えを読むと、いろいろな問題が浮かぶ。大隅和雄(おおすみかずお)は法然が授戒をしたと言っている。でも、それは矛盾なのではないであろうか。どうしてかというと、他の行をせずに念仏によって救われる可能性だけがあって、戒律を守らなくてもいい。それでも、法然上人は戒律の大切さを教えていた。それに、法然に書かれた資料には一つの念仏は十分かどうか分からない。法然自身六万の「南無阿弥陀仏」を唱えたという伝説が伝えられた。真実に何があったか知らない。大隅教授は「法然の宗教活動はあまり歴史の資料の中に出てこないんです」と書いていた。
 法然の考え方から様々なことを学ぶことができる。先ず、仏教の主な活動は教典や論書を読むこと、また、祈ることばかりではなく、むしろ極めて簡単な修行で自分自信を救える仏教もある。それに、日本の仏教は一般的にインドと中国の哲学に限界しなくて、日本人は古い伝統を利用して、特別な方法を加える上で、宗教的な問題を解決することができた。最後に、仏教は往生を追求する信者を救済できる反面、残念なことに、その宗教は沢山の矛盾があるのではないであろうか。