仲間はずれ
こんばんは。
最近この単語を見て、少し考え込みました。
日本では仲間はずれされることはとても窮屈で、耐え難いことですね。
そこで、アメリカではどうだろう、と思いました。
正直にいうと、私はあまり国家的同一性がないと思います。テレビは見ないし、アメリカ人が書いた本をあまり読まない(古い英国や今時の日本の小説が好きです)、他のアメリカ人が何を考えてるかもよく分かりません。
そんなわけで、「普通のアメリカ人」の視点からではその質問は答えられません。
ですから、私の視点で答えさせていただきます。
私が小6になった頃は、小1の頃から既に3回も引っ越しました。前の学校では仲間に入るように頑張りましたが、この頃になるとその努力が無駄と判断しました。仲間はずれでもいい、と思うようになりました。
それでも、友達の一人や二人は作りました。寂しくはなかったです。
中1では友達も作りませんでした。
自由の時間には沢山歩いて(昔から歩くの好きでした)、それに沢山読みました。でも、ほとんど喋りませんでした。
当時はあまり気にしませんでしたが、今思い返せば、実に無聊な日々でした。
中2からではそれほど酷くはありませんでした。慣れてきたかもしれません。
いずれにせよ、私はそれから本当に仲間はずれでも大丈夫になりました。私を仲間の輪から外れるのではなく、私から「仲間」という認識を外れることです。
これほど書いたころに気づきましたが、これはいわゆる「痛い話」かもしれません。
しかし、これは私の「普通」なので、恥だと思っていません。
(ちなみに同情はいりません。)
結論、「仲間はずれ」=「普通」です。我が理論は完璧でしょう!
では、おやすみなさい。
最近この単語を見て、少し考え込みました。
日本では仲間はずれされることはとても窮屈で、耐え難いことですね。
そこで、アメリカではどうだろう、と思いました。
正直にいうと、私はあまり国家的同一性がないと思います。テレビは見ないし、アメリカ人が書いた本をあまり読まない(古い英国や今時の日本の小説が好きです)、他のアメリカ人が何を考えてるかもよく分かりません。
そんなわけで、「普通のアメリカ人」の視点からではその質問は答えられません。
ですから、私の視点で答えさせていただきます。
私が小6になった頃は、小1の頃から既に3回も引っ越しました。前の学校では仲間に入るように頑張りましたが、この頃になるとその努力が無駄と判断しました。仲間はずれでもいい、と思うようになりました。
それでも、友達の一人や二人は作りました。寂しくはなかったです。
中1では友達も作りませんでした。
自由の時間には沢山歩いて(昔から歩くの好きでした)、それに沢山読みました。でも、ほとんど喋りませんでした。
当時はあまり気にしませんでしたが、今思い返せば、実に無聊な日々でした。
中2からではそれほど酷くはありませんでした。慣れてきたかもしれません。
いずれにせよ、私はそれから本当に仲間はずれでも大丈夫になりました。私を仲間の輪から外れるのではなく、私から「仲間」という認識を外れることです。
これほど書いたころに気づきましたが、これはいわゆる「痛い話」かもしれません。
しかし、これは私の「普通」なので、恥だと思っていません。
(ちなみに同情はいりません。)
結論、「仲間はずれ」=「普通」です。我が理論は完璧でしょう!
では、おやすみなさい。
Good evening.
I had to contemplate on the phrase 'being left out of the group' when I came across it earlier.
In Japan, being ostracized from everyone else is very unpleasant and equally difficult to bear.
Given that, I wondered how America views it.
Honestly, I do not think I have much of a national identity. I do not really watch television, I hardly read any American authors (I prefer old English books and current Japanese novels), and I do not even know what my fellow Americans are thinking.
Due to that, I cannot answer that question from the point of an 'average American'.
So, allow me to answer from my own point of view.
By the time I entered the sixth grade, I had already moved three times since I had started the first grade. At my previous schools, I had tried hard to get along with everyone, but by this point, I decided that such efforts were pointless. I would be fine even if everyone shunned me, I thought.
Even so, I managed to make a few friends. I was not lonely.
In the seventh grade, I did not manage to make any friends.
In my free time, I walked a lot (I liked walking even back then) and read a lot. I hardly spoke a word.
At the time, this did not bother me, but as I think back on it now, those were exceedingly monotonous.
From the eighth grade on, it no longer bothered me as much. I believe I became accustomed to it.
In any case, from that point on, I truly became a person who was fine without friends. I feel that it was not so much as being ostracized from 'the group' as it was me cutting off my need to be included in 'the group'.
After writing all of this, I suddenly realized that this is probably a 'painful' story.
However, this is my 'normal', so I do not really consider it to be shameful.
(I do not need any sympathy, either.)
In conclusion, 'ostracization' = 'normal'. My logic is impeccable!
Well then, good night and pleasant dreams
I had to contemplate on the phrase 'being left out of the group' when I came across it earlier.
In Japan, being ostracized from everyone else is very unpleasant and equally difficult to bear.
Given that, I wondered how America views it.
Honestly, I do not think I have much of a national identity. I do not really watch television, I hardly read any American authors (I prefer old English books and current Japanese novels), and I do not even know what my fellow Americans are thinking.
Due to that, I cannot answer that question from the point of an 'average American'.
So, allow me to answer from my own point of view.
By the time I entered the sixth grade, I had already moved three times since I had started the first grade. At my previous schools, I had tried hard to get along with everyone, but by this point, I decided that such efforts were pointless. I would be fine even if everyone shunned me, I thought.
Even so, I managed to make a few friends. I was not lonely.
In the seventh grade, I did not manage to make any friends.
In my free time, I walked a lot (I liked walking even back then) and read a lot. I hardly spoke a word.
At the time, this did not bother me, but as I think back on it now, those were exceedingly monotonous.
From the eighth grade on, it no longer bothered me as much. I believe I became accustomed to it.
In any case, from that point on, I truly became a person who was fine without friends. I feel that it was not so much as being ostracized from 'the group' as it was me cutting off my need to be included in 'the group'.
After writing all of this, I suddenly realized that this is probably a 'painful' story.
However, this is my 'normal', so I do not really consider it to be shameful.
(I do not need any sympathy, either.)
In conclusion, 'ostracization' = 'normal'. My logic is impeccable!
Well then, good night and pleasant dreams

日本では仲間はずれにされることはとても窮屈で、耐え難いことですね。
テレビは見ないし、アメリカ人が書いた本をあまり読まない(昔の英国や今時の日本の小説が好きです)、他のアメリカ人が何を考えてるかもよく分かりません。
「英国の古い小説」なら好いのですが、「今時の日本の」が間に挟まっているのでこちらの方が自然だと思います^^
私が小6になった頃には、小1の頃から既に3回も引っ越していました。
前の学校では仲間に入るように頑張りましたが、この頃になるとその努力が無駄と判断するようになりました。
自由な時間には沢山歩いて(昔から歩くの好きでした)、それに沢山本を読みました。
私が仲間の輪から外れるのではなく、私から「仲間」という認識を外すことです。
ここまで書いて気づきましたが、これはいわゆる「痛い話」かもしれません。
僕は一人でいる時間が大好きです、僅かな友達も大切にしますが。
一人でいる時は最高、よく分かります。そのほうが落ち着きますね。
正直にいうと、私はあまり愛国心がないと思います。
「国家的同一性」で正しいのですが、日本語としてあまり一般的ではないので、よく使われる似た意味の「愛国心」にしてみました。
私が小6になった頃には、小1の頃から既に3回も引っ越していました。
前の学校では仲間に入るように頑張りましたが、この頃になるとその努力は無駄だと判断するようになりました。
more natural
自由の時間には沢山歩いて(昔から歩くの好きでした)、それに沢山本を読みました。
当時はあまり気にしませんでしたが、今思い返せば、実に退屈な日々でした。
「無聊」って、知らない日本人が多いと思う・・・
中2からではそれほど酷くはありませんでした。
慣れてきたのかもしれません。
私が仲間の輪から外れるのではなく、私から「仲間」という認識を外すのです。
ここまで書いて気づきましたが、これはいわゆる「痛い話」かもしれません。
我が理論は完璧でしょう!
無聊もだめですか…。私の好きな言葉は全部そうですよね…。(苦笑)
そこで、アメリカではどうだろう、と思いました。
間違いではないですが、「考えてみました」にするとより自然です。さらに、「思考を巡らせてみました」といった表現にするとより知的に見えますよ。
中1では友達も作りませんでした。
文脈的に「友達を作ることすらしませんでした」のほうが適しています。
しかし、これは私の「普通」なので、恥だと思っていません。
が
うーん、アメリカ人の大半は愛国心が強いと思います。あるところに生まれ、育てれば自然とそのようになるかなぁ、と根拠もなく思っています。視界を広めるにはいろんなところに行く、他国のすごいところを知り、それら見たいな行為をすればいいと思います。
私がいうのもあれだけど、私たちアメリカ人は傲慢すぎていて、他国のすごいところを認めない癖があると思います。そのゆえに愛国心の塊になりますね。
> が
…ぬるぽ?(笑)
ぬるぽ(笑)
ぬるぽを知っている海外の人にはじめて出会いました(笑)
ハヤブサがいいです。(笑)
正直にいうと、私はあまりアメリカ人らしくないと思います。
そんなわけで、「普通のアメリカ人」の視点からではその質問には答えられません。
私が仲間の輪から外されたのではなく、自ら「仲間」から離れたのです。
しかし、これは私の「普通」なので、恥ずかしいとは思っていません。
教室でぽつんと一人お弁当を食べていると、とても寂しい思いをします。
それで学校に行けなくなる子もいます。
もちろん、わざと一人で食べる子もいます。
そういう子は一人でも平気です。
問題は、「仲間はずれにされている」と思って苦しむことです。
hinikuyaさんのように、自分からひとりでいることを選んでいるんだと思えば、苦しまなくて済むんですよね。
私は気の合わない人と一緒にいるより、一人でいる方がいいです。
うーん、本当に「仲間はずれにされている」人はそんなふうに考えられるでしょうか。ちょっと分かりませんかな…。
私は気の合う人でも長くは一緒にいたくありません。10分、20分ぐらいが限界でしょうね。(苦笑)
若い頃は、友だちを上手くつくれなくて悩みましたが、今は割り切ってます。「人は人、自分は自分」と思って、人と違っていても気にならなくなりました。むしろ人と違っている自分を楽しんでいます。
「はい、私は変わっていますよ~」って言えば、それですんじゃうから気楽です。
時折、一番の平凡な人でも自称しますが。(苦笑)
日本では仲間はずれにされることはとても窮屈で、耐え難いことですね。
正直にいうと、私はあまり国家的(自己)同一性がないと思います。
テレビは見ないし、アメリカ人が書いた本をあまり読まない(古い英国や今時の日本の小説が好きです)。他のアメリカ人が何を考えてるかもよく分かりません。
そんなわけで、「普通のアメリカ人」の視点からではその質問には答えられません。
私が小6になった頃は、小学校に入ってから既に3回も引っ越していました。
前の学校では仲間に入るように頑張りましたが、その頃になるとその努力は無駄と判断しました。
自由な時間には沢山歩いて(昔から歩くの好きでした)、それに沢山読みました。
中2からではそれほど酷くはありませんでした。
私が仲間の輪から外れるのではなく、私から「仲間」という認識を外したからです。
ここほど書いて気づきましたが、これはいわゆる「痛い話」かもしれません。
私は元々内向的な人でしたから、寂しいとは思いません。
寂しいというより、退屈と思うときがありますが。
あっ、一人麻雀はちょっと寂しいですけど。(苦笑)
自由の時間には沢山歩いて(昔から歩くの(が)好きでした)、それに沢山本を読みました。
中1の頃から、日本語の本を読んでいたんですか?
あっ、いいえ。日本小説を読むようになったのは結構最近でした。そうですね…2008年末か、2009年始だったと思いますから、22歳でした。
それでも、友達の一人や二人は作りました。or それでも一、二人とは友達になりました。
中1では友達も作りませんでした。 or中学1年の時は誰とも友達になりませんでした。
いずれにせよ、私はそれから本当に仲間はずれでも大丈夫になりました。orいずれにせよ。私はその頃から仲間はずれにされても気にならないようになりました。
我が理論は完璧でしょう! orこの理論は我ながら完璧でしょう!
私は小学校で5回転校をしているので、少し気持ちがわかります。^^;
若い頃に何度も転校するのは大変ですね。
usaさんが私見たいなひねくれものにならなくて良かったです。(笑)
ひねくれ者(苦笑)
私も郷土愛など理解出来ませんし、冷ややかにみてしまうので、ひねくれ者かもしれませんよ。ここLang8でもfacebookでも日本人の方とは仲良くなれませんし。(^-^;
hinikuyaさんとのやり取り、いつもほのぼの読ませてもらってます。
どうもありがとうございます。ちょっと恥かしいかも(苦笑)
思ったことをすぐに表現したくなっちゃう性格なもので。
usaさんのコメントにホッコリしてる人もいるんだって、ちょっと知って欲しかっただけです。
だって言わなきゃ伝わらないもの。
テレビは見ないし、アメリカ人が書いた本をあまり読まない(古い英国や今時の日本の小説の方が好きです)、他のアメリカ人が何を考えてるかもよく分かりません。
私が小6になった頃までには、(小1の頃から)既に3回も引っ越ししていました。
前の(orそれまでの)学校では仲間に入るように頑張りましたが、この頃になるとその努力が無駄であると判断しました。
それでも、友達の一人や二人は出来ました。
当時はあまり気にしません(or気にもとめません)でしたが、今思い返せば、実に無聊な日々でした。
「無聊」勉強になりました。(笑)
慣れてきたからかもしれません。
しかし、これは私の「普通」なので、恥だとは思っていません。
孤高ですか…でも、私はロック・クライミングにあまり詳しくありませんよ?(苦笑)