綺麗な花には棘がある

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Apr 1, 2012 02:12
戦前から戦後にかけての一時期、赤電灯と青電灯と称するものがあった。赤電灯は交番(派出所)とも言うところで、警察官を配置しているところは今でも変わりはないが、青電灯は娼妓のたむろする所であった。

 戦後には赤線と青線と呼ばれる公娼街と私娼街を区別する呼び名もあった。

江戸時代には「女郎屋」と呼ばれていて、格式の高い女郎屋には、一擲千金をも惜しまない大名や武士や豪商、若旦那たちの遊興の場所として有名な場所である。一番格式の高い女郎は「花魁」(おいらん)と呼ばれ、最低でも三度は行かなければ相手にしてくれない。又、一年に一度の「花魁道中」では、これを見るために集まった人が道に溢れるばかりであったと言う。琴棋書画に秀でた「花魁」が盛装に身を固めて、「かむろ」(禿)と呼ばれる娘を多数従えて一歩一歩しゅくしゅくと歩く姿は、江戸の華に譬えられていた。(これは時代小説の受け売りです。)

 この青電灯は,主に田舎の貧農の娘が口減らしのため、女衒に売られてきて、体を売っていたのである。綺麗に着飾って店先で客を呼び入れる。綺麗で人気のある女郎は金額が高いそうだ。しかし、これらの娼妓は不特定多数の男と寝るため、毎月検診を受けなければならない。性病の蔓延を防ぐための手段である。万が一、性病にかかった女郎は追い立てられるか,夜鷹と呼ばれる私娼になるか、自分で辞するらしい。死んだら無縁仏として葬られると言う。

 終戦後の日本の町々に,オンリーと呼ばれる女郎が、アメリカ兵と抱き合って道行く姿に目をひそめる人もいたが、それも生活の糧を得る一種の手段である。非難されるいわれもない。

 昭和32年だっただろうか(?)、定かではないが、売春防止法が施行され、街娼の取締りが始まった。表向きは体を売る娘はいないが、娼妓は後を絶たず、自由恋愛と言って客と安宿やホテル、旅館へしけこむ。戦争によって多くの男性が戦死して、大黒柱を失った女性の哀れな末路であり、生活のための最後の手段でもある。極度の男性不足の結果でもある。

 これらの街娼には、暴力団が絡んでいると言う。客引きをしたりして幾らかせしめて自分の小遣いを稼ぐ輩で今の暴力団員に相当する。

 世の中の男性よ!目をよく開けて見よ!綺麗に着飾った女郎に惚れて前途を誤る事なかれ!!

 綺麗な花には棘がある。用心するに越したことはない。我が家の女房を大事に守ってやることだ。